はなうさにっき

<< May 2012 | 1 2 3 4 5 6 7 8 9 10 11 12 13 14 15 16 17 18 19 20 21 22 23 24 25 26 27 28 29 30 31 >>

the Vampire Diaries

サブタイトルは love sucks 愛なんて最悪w

見ているわけです。
ヴァンパイアものだし、とりあえず見てみよっ・・・と、思って見ているわけです。
ストーリーの展開が見えてくるまでは、面白くなるんだろうか?と、思っていましたが、回が進むにつれてそれなりにw

美しきヴァンバイア兄弟という宣伝文句ではありますが、確かに美しいかもしれないけど、私的にはデイモンもステファンもちと濃ゆくて、やっぱ兄弟はディーンとサムがいいわ♪なんて思っていたのです。
見慣れてきたせいか、最近はデイモンがかっこいいな・・・と、思うようになりましたw



左が弟のステファンで真ん中がヒロイン・エレナ、右がぶっ壊れた性格の兄・デイモンです。

オフィシャルサイトは→こちら

 
続きを読む >>
海外ドラマ | comments(0) | trackbacks(0)

エゾアジサイ

TS3Q03280001.jpg TS3Q03290001.jpg

苗を購入、植木鉢に植えつけてからほぼ3年。
漸く花がつきました。

ご覧の通りまだまだ株が小さいからでしょうか?、それとも、もともとこういう姿なんでしょうか、物凄く小ぶりです。
写真では花がアップになりますから、全体像までは想像つきませんもんね。
ですが、楚々とした感じがかわいらしい花です。
鉢の中の土も大分へたっていると思うので、花が終わったら、植え替えてあげなくてはね。 
gadening(?) | comments(0) | trackbacks(0)

小道具

ひいちに付け下げを着せることになりまして、袋帯の結び方などすっかり忘れていたのでさくっと検索。
着物の着方から、帯の結び方まであんなに動画で”タダ”で見られたら教室に通う人減りませんか?と 、余計な心配したぐらい動画がアップされていますね、時代だな〜〜〜

私はあれこれ道具を使わない、手結びで教わったので、それに近いものを見ていたんですが、あ、これはあると便利かも・・・と、思ったのが「帯止め金具またはお太鼓止め」。
我家御用達の呉服屋さんにはまずおいていないと思われ、ネット通販されているので、購入してみました。

これ 

TS3Q03270001.jpg
続きを読む >>
戯言 | comments(2) | trackbacks(0)

おみやげ

今更ですけど、トルコのお土産。
初日、トロイの遺跡に行く前にお昼に立ち寄ったレストラン兼お土産屋さんで買ったシルクのクッションカバー。
ちなみにクリーニングとの事w

120512_0918~01.jpg 

とりあえず、シルクなので気持ちがいいw
他はアイスクリームの素、ロクム、ドライイチジクのチョコがけ、松のはちみつなど、食べ物ばっかりw
トルコから帰って既に1ヶ月以上経ちました。
もう、なのか、まだ、なのかよく分からないですが、ひいちは「現地シックになる〜〜〜」とうだうだしています。
仕事、今夜の夕飯どうしよう・・・とか、掃除しなくちゃとか、日常の雑多なこと忘れるための旅行ですから、その時間が恋しくなるのは仕方がないかwww
現在の職場のローテの関係上、5連休以上の休みが一般の支店に転勤になるまでないので、その間にガッツリ貯めて、又、行くだよw
travel | comments(0) | trackbacks(0)

戦利品

GW後半の初日に叔母の家を訪問。
着物を整理していたら、作家物で着物と帯のお揃いのが出てきた(出てきたって・・・事は今まで忘れていた?)、紙魚があるからちはるが着るなら洗いに出すけど、着ないなら処分する・・・と、電話があり、折角電話をくれたのにシカトもね・・・と、娘を連れ立ってお邪魔してみた。

叔母は季節を問うような着物はまず選ばない人。
その着物も・・・・う〜〜〜〜ん、なんと言えばいいのやら、水色と薄墨色で手描きの模様が全体に入っている。
どうしようか迷っている間に、その上にどんどん着物が乗っけられ・・・・・。

今となっては斜陽産業となってしまいましたが、この辺りは高度成長期、毛織物(紳士物のスーツ生地など)が盛んな土地で叔母の嫁ぎ先は毛織物の染色業を営んでおり、当時は羽振りが良かったんです。
叔母宛に同窓会の通知が届くと、呉服屋さんがやってくる・・・という生活をしていたそうな
それもお姑さんが呼ぶという・・・娘がいなかったから作りたくて仕方がなかったと叔母は言いますが、それでも私ら庶民には考えられないような生活です。

当然、お姑さんも物凄い衣装持ち、しかもどれも結構な品
叔母のものと言わず、お姑さんのものと言わず、出てくる出てくる。
そりゃあ、こんなにあったら処分に困ってうんざりするかも・・・、とね、ちょっとね、思いましたよ、流石に。

白地に黒の縦縞のぼっこりした紬の帯、それからン百万だと言う結城が出てきた時にすかさず、
「これがいい!」
と、言ったのですが、
「アホ!これはまだ私が着る!」と言われました。 

ざ・ん・ね・ん〜〜〜〜〜〜〜〜

下でさんざ見た後、ちょっとおいでと二階に手招きするので、着いて行けば、今度は帯の山。

記憶にあるわ、この帯!という、辻が花、汕頭刺繍各2本。
うち1本ずつを頂戴してまいりました。
着物で頂戴したものは、黒地に赤の大島(大島がやたらと多いのよね・・・これが)、青地に水色、白、黒で格子柄の紬、紫の小紋、なんだかよくわかんないけどw紬、水玉のお召し、上記の帯2本、博多帯1本、塩瀬2本(これは白地なだけにちょっと汚れが気になる・・・う〜〜〜ん、洗いに出すか?)、青磁色に金箔、金糸で寿の刺繍の袋帯はこんなお目出度い袋帯、結婚式にしか使えないので、お正月の飾りにすると母が貰いうけましたw

驚いたことに法事に着ていくという真っ黒の大島、八掛も大島(白地に黒の蚊絣)なんていう、贅沢極まりないものまでありました

そして、電話が来るきっかけとなった着物は結局、洗いに出すことに。
ただ、その着物洗い屋さんがまだ仕事を続けていればという事と、落ちるか落ちないか見てもらってから・・・と言うことになりました。

写真をのっけたいところですが、全て実家に保管。

叔母が従妹の嫁入りにと作ったはいいが着ない着物もうちのひいちに・・・と言うことで、頂戴したものを、これは父親であるseiさんにも見せなくては!と、一旦、持って帰ったのでそちらをご紹介。
続きを読む >>
戯言 | comments(2) | trackbacks(0)

エクソシスト?

120503_1057~01.jpg 

楓は水を飲む時、

「首が攣る!」

と、見ている方が思うほど、首を傾げます。
飲みにくいのかと、ウォーターキーパーの高さを調節しても同じ。
飲んでいる間に、ぐに〜〜〜〜〜〜〜ッと首が曲がっていき、最後にはこんな姿勢に。
その角度がとってもエクソシストっぽくって不気味ですwww

ところで、今年はいつまでも寒かったせいか、冬毛をたんまり蓄えていたみたいで換毛がなかなかおわりません。
ケージ内にもわらっこが敷いてある為(すのこは滑るので苦手&足が小さいので隙間に足がはまりそうで危険)、お腹の毛がこれで取れるのはいいんですが、ケージの中に溜まって仕方がないです。
ケージの中も掃除機で掃除する始末です。
うさぎ | comments(2) | trackbacks(0)

トルコ日記 その14 Hoşçakal İstanbul

イスタンブルの宿泊先シェラトンでようやくネット環境と遭遇w
ビジネスセンターにVAIOが設置してあったので、朝食後、空いた時間で早速mixiにログインを試みるも、シェラトンのオフィシャルサイトから脱出できずw、断念。

そうそう、前夜は、下層階でどんちゃん騒ぎをしていた宿泊客がいて、その声で寝られませんでした。日本語が聞こえたような気がするんだけど・・・全く、どこのバカがホテルで深夜まであんなどんちゃん騒ぎをしていたのやら。
声の響き方から推測するに、窓を開け放したまま騒いでる様子でした。
ところがこの騒ぎ、聞こえていたのは14階に泊まった中でも、私らとFさん、後数人。
他は全く気づかなかったとの事。
ホテル側曰く、12時までは地下でパーティーをしていたそうですが、その音が14階まで上がることは絶対ないのだそう。
1時過ぎても静かにならないので、私はフロントにクレーム電話入れましたぜ
なんにしても、シェラトンの遮音設備は良くありません。
カッパドキアのような田舎のホテルならいざ知らず、シェラトンだよね?と、ちょっと許せない状況でした。

話し変わって、は1453年のコンスタンティノープル。



現在のイスタンブルを書き込もうかと思いましたがwww
大競技場の東にブルーモスク、トプカプ宮殿は金角湾封鎖鎖の南側の付け根辺りの丘の上にあります。
黄金門、ペガエ門の辺りはテオドシウスの城壁が比較的きれいに残っているので、見たかったところですが、これが8日間のツアーの中に含まれるのは難しいです。 

金角湾を封鎖した鎖は今、軍事博物館に保管されています。

アヤソフィア見学の後は地下宮殿にまいりま〜すw
アヤソフィアを出口右手の通りを横切って行くと、なんでもない歩道に地下宮殿入り口の看板が立っています。

  


上左・地下宮殿。宮殿と言ってもその昔は貯水池として使われていました。
上右・涙の柱
下左・メデューサの基礎石

ここにある柱はこの為に作られたものではなく、各方面から余った資材を集めたもので、それぞれ長さが違うため、長さ調節の為に色んな方法がとられたとのこと。
その1つが右のメデューサの顔での底上げ。
ぶれてしまっているのでupしませんでしたが、この左隣には上下逆様のメデューサがいます。
それはそれで不気味。

天井からも水滴が落ちてきますし、床には水が溜まっています。
金魚が飼われていましたw
ギョクハンさんはここに来るとひんやりするので、夏場のガイドでは一番好きな場所と言っていました。
そりゃ、そうですよね。



地下宮殿から地上に戻リ、バスを待つ。
広場で焼き栗・焼きとうもろこしを売っているワゴン。
焼き栗、ツアーメンバーのお母さんが一袋かって皆に分けていました。
お相伴に預かりましたが、素朴な栗の甘みが美味しかった。
バスに乗って海に向います。
続きを読む >>
travel | comments(0) | trackbacks(0)

きもの

120429_1446~01.jpg 120429_1449~01.jpg 

実家から引き取ってきた着物。
上が単の白大島。
大島といえば蚊絣だけど、これは結城の亀甲絣も織ってある。
色紙模様といえばいいのかな、色紙の中に石灯籠、茶屋に松、笹などが織り出してあります。
単に仕立てたぐらいだから、大島としては等級の高い品ではないですが、模様が気に入っています。

下が母からのお下がり、博多献上。
いや、もう流石に、紙魚とかが・・・orz
結び方で隠れそうだけどね。
帯洗い出してみようか・・・と、思うが、そんなことするぐらいなら買った方が・・・と言われそう。
博多帯は一本あると便利ですね。
赤と黒もあったけど暑苦しいからいいやと、置いて来たw


続きを読む >>
戯言 | comments(6) | trackbacks(0)

トルコ日記 その13 コンスタンティノープル最後の日

その時だった。朝靄に包まれてぼんやりとかすんでいたはるか彼方の地平線がゆらりと動いたのだ。いや、地平線そのものが、大きく盛り上がった感じだった。そして、それは、靄が薄れるにつれてはっきりした線になり、地平線全域に伸びたまま、波でも寄せてくるかのようにゆっくりと近づいてくる。 ウベルティーノは、これほどの数の軍隊を見たのははじめてだった。

塩野七生著・コンスタンティノープルの陥落 より

マホメッド2世がコンスタンティノープルへ進軍を開始したのは1453年4月4日。
宰相カリル・パシャに「あの街をください」と攻略宣言する前、アドリアーノポリのマホメッドの宮廷を一人のハンガリア人が「コンスタンティノープルの城壁を破壊できるほど強力な大砲を作れる」と訪れた。
同様にビザンチン帝国にも自作の大砲を売り込みにいったウルバンと名乗るこの男は、かの宮廷では相手にされなかったという。
それまで、自分の頭の中だけで描いていたローマ帝国の首都攻略という図が、スルタン・マホメッドの中で具体化したのはこの時だった。

もしビザンチン帝国がこの男を雇い入れていたら、歴史は変わったか・・・と、言うと、変わらなかったと私は思う。
どんなに強力な大砲を手に入れても、それを設置するに耐えうるだけの頑強な土台がなく、作ろうにも籠城戦になってしまえば、物資の輸送路を断たれるのは明白だったのだから。

陥落が5月29日。
この日が変わった可能性はあるが、陥落することは運命づけられていたように思う。
コンスタンティヌス11世も手をこまねいているだけではなかったのだが、尽き果てようとしていた十字軍遠征時代から衰える一方のローマ帝国の力は、臣民に敬愛された皇帝といえど、いかんともしがたかったに違いない。
コンスタンティヌス11世は、マホメッド2世のコンスタンティノープル攻略の意思が明らかになってから、年貢金を倍増するという案をトルコ側に提示している。
これに対するマホメッド2世の回答は「全面降伏」。
何度も西側およびローマ法王に援軍を要請したが、ローマ帝国最後の都にはせ参じたのはほんのわずかなヴェネツイア海軍とジェノバ海軍だけだった。
トルコ軍16万に対してキリスト教軍1万弱。
海戦では勝利したヴェネツイア、ジェノバ海軍だったが、金角湾を奪われ、数の上で圧倒するトルコ軍には手も足も出なかった。
2ヶ月近くもよく持ち堪えたものだと、逆に思う。

ローマ帝国最後の都は、

「私の胸に剣を突き立ててくれる一人のキリスト教徒もいないのか」−*

と、呟く皇帝が雪崩のように迫ってくる敵兵の真っ只中に姿を消したのと同時に若干21歳の若者の手に落ちた。

*首を刎ねてくれる・・・という説もあります。
続きを読む >>
travel | comments(0) | trackbacks(0)

トルコ日記 その12 バザールでごザール

日本では死語と化したこの言葉はイスタンブルではバリバリの現役でした。

ということで、トプカプ宮殿の見物を終えた後はグランドバザールへ向うのですが、この道筋もごちゃごちゃ。
イスタンブル市民のみならず、観光客も郷に入れば郷に従えとばかりに、大型観光バスが近寄っているというのに目の前を横切って危ないったらない。
バスの中の方がパニックでしたw



バスの窓から撮ったアヤソフィアと城壁。

ドライバーにとっては、延々と何もない道を長距離ドライブするより、イスタンブル市内をドライブする方が疲れるらしいですが、さもありなんです。

グランドバザール前の駐車場も、立錐の余地もなく、少しの空き地に私たちを下ろし、ドライバーさんは駐車場があくまでぐるぐる回ってくることに・・・お疲れ様です。

グランドバザールの手前にギョクハンさんの知り合いが経営しているお菓子屋さんがあります。
トルコののび〜〜〜るアイス・ドンドルマンの素の本格派はここにしかなく、他はのびませんとのこと。
ドンドルマンはユリの根の粉末を入れることであんな風にのびるのだそうですが、そのユリの根を使っているのはここだけだそうです。
あと、ロクムとかオリーブオイルの石鹸、化粧品、オヤという手作りのネックレスが置いてありました。
そして、なんと、そこでバイトしているらしき若い男性が日本人。
日本人観光客には物凄く無愛想で、この子笑わないの?なんて思ったのですが、グランドバザールから帰ってきたら、他の国の観光客には笑いかけていてびっくりw
それを見た全員が、
「笑うんだ・・・」
と、思わず口走るぐらい、それぐらい無愛想でした。
照れなのか、日本人観光客にうんざりしているのかは、分かりません。

ここで先に買い物すると荷物になるので、集合は50分後このお店と決め、ぞろぞろとグランドバザールへ。
グランドバザールは入り口に近い方から順番にお店の上に番号が振ってあります。
ですので、迷ったらその番号を頼りに1番に向ってくれば入り口にたどり着けます。
そこで一通りの説明を聞いて解散。



通りごとに天井の色が分かれているのでそれを目印にしても良いです。
ところどころに警備員さんが立っていて、迷ったら教えてくれます。
金曜日の夕方なのでとにかく凄い人。
人に圧倒されたのと、実家の父へのお土産探しで写真は全く撮らず・・・。

男親ってお土産に一番困りますね。
うちはまた、お酒も飲まないし、タバコも吸わない、と言ってブランド物買って上げたって何か知らないしwww

私たちはメインストリートを主に、時々、脇道にそれましたが、絶対メインストリートが目視できるところまでしか行きませんでした。
メインストリートの両脇は9割方宝飾店。
店の前に店員が立っていて(時にはチャイを手に立っている)、少しでもウインドウを覗こうものならとっ捕まりそうな雰囲気アリアリで、私らは遠巻きに見ているだけ。
買わない、買えない物を見ていて、売り込まれ、断るうざったさを極力避けて歩いていましたw

それでも、日本人と思うと、
「バザールでごザール」
「持ってけドロボー」
などと言って声かけてくる。
バザールで・・・は、ともかく、持ってけ・・・は、良い日本語ではないので止めた方が良いですよ。
日本の方も変な日本語を教えるのは止めましょうね。
私は、

「おお!ちっさい日本人!!!」

と、言われました。
そりゃね、イスタンブルくんだりまで来て改めて言われなくても、小さい日本人の中でもさらに小さいことは十分自覚しております。
自覚しておりますが、大きなお世話です
後、

「(私に向って)義理の母!(ひいちに向って)マリコさ〜〜〜ん」

など、明らかに私より年上のおじさんに言われました。
マリコさんって誰www?

グランドバザールは高いからお勧めしないと言うのが現地ガイドの正直な気持ちだそうです。
既に観光客価格になっているんですね。
私らも結局手ぶらで集合場所の先ほどの無愛想な日本人店員のいるお店に戻ったら、ギョクハンさんに「早っ!」と、驚かれました。
多分、15分位で戻っているので、ギョクハンさん史上でも最速だったのではないでしょうかw
そこでドンドルマンの素、オヤ、父にはもう仕方無しにマロングラッセを買い、外で、ボーっと他のメンバーの帰りを待つことに。
ボーっと待っていても、駒売りやら絨毯売りやらが声かけてきます。
いちいち相手するのも面倒なので、ガン無視しますが相手も懲りない。
トルコ石にしろ、絨毯にしろ、路上の土産売りにしろ、生活がかかっているので当然といえば当然ですが、人込みにうんざり気味の観光客にはうっとおしいことこの上ない。
無視するこちらもあんまりいい気持ちはしませんが、仕方がないです。

お店の前に全員戻り、買い物も済ませても、肝心のバスが駐車場にたどり着けない。
ギョクハンさんがドライバーさんと連絡取りながら待つこと数分、降車した場所に近づきつつあるからそこで拾うとのこと。
走ってその場所に向いました。
そこでバスを停めていると、後続車に迷惑をかけるので、急いで乗り込み無事発車。
ドライバーさんは、駐車場があかず、結局、ぐるぐると4周ほど周辺を回ってきたそうです・・・・・というので、車内は拍手と喝采の渦。
はあ、本当にお疲れ様です。

 

左・フルーツジュース屋さんの店頭。山盛りの果物。
右・イスタンブル市内の絨毯屋さん。店内でおばちゃんが絨毯を織っていました。ここはきっと高いと思いますが、品質は良さそうですね。ただ、色んな意味で怖くて入れないなwww



何モスクか分からないけど、とにかく、モスク。
次にイスタンブルに来てもグランドバザールは来ないな、きっとw
続きを読む >>
travel | comments(0) | trackbacks(0)